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『君になりたい。』

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僕は“彼”のようになりたいと思った。

“彼”は僕が生み出した架空の人物だ。

 

“理想”を“現実”に実現するためには、

とてつもなく強靭な気力、知力、体力が必要だ。

 

“現実”の僕はいつもすぐに挫折をする。

“理想”と“現実”の距離にいつもへこたれてしまう。

 

死ぬまでにこの“理想”は、叶わないのではないかと怖くなる。

気力が足りないから、いつもすぐに中途半端で投げ出してしまう。

 

“理想”を放り投げた途端に目の前は暗くなり、

目に見える全てのものが無意味に、

幻想のように消えていく。

 


いずれみんな、いなくなってしまうのに。

イツカハミナ、シンデシマウノニネ。

 

 

思い出してはいけないあのフレーズが、

呪文のように、おんおんと僕の頭の中に響いていく。

 

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それでも、立ち止まった場所から、立ち直る時もある。

 


池の水は穏やかに波打って太陽の光を反射している、

ハクセキレイは楽しそうに尻尾を上下に振りながら水を飲んでいる。

 

常緑樹は風に揺られ木陰を優しく揺らし、

コサギは一生懸命に足を踏み鳴らしながら神田川を歩いていく。

 


散歩は最高だ。

何でも出来てしまえるような、そんな気分になる。

 

 

小鳥や草花や大木や石や小川や魚や地面や音楽たちは間違いなく僕の同志。

 

 

今日は人にあまり知られていない、

ひっそりとしたあの湧き水場まで行こう。

 

そこで折り返して家へと帰ろう。

 

あの湧き水に近づくと、不思議と僕の心は落ち着いていく。

 

(一度あの湧き水が枯れていたことがあって、あの時の僕の心の動揺といったらもう。)

 

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ゲーゲーゲーギューイ

 

鳥の声がする。

この声はオナガの声だ。

 

オナガの声は、

聴き方によっては邪悪に聴こえるが、

それはきっと力強さの証だろう。

さすがカラス科といったところなのだろうか。

(しかし、僕にはまだ生き物たちを分類する境目やルールがわからない。)

 

森を進み、

立ち入り禁止のロープを越えてゆく。

 

悪さをする人間が存在するから境界が必要であって、

本当は人間それぞれが謙虚に生きていればルールは一つも必要ないと、いつも思う。

 

僕は、公園の禁止看板を片っ端から引っこ抜いていったスナフキンのことを思い出しながら進んでいく。

 

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いつものように湧き水は静かに、表面張力の丸みを帯びながら、

それでいてとてつもなく大きなチカラを纏いながら溢れている。

 

黙って流れていく水たちを見ているうちに、僕の頭の中にも何かが溢れていく。

 

手を合わせると胸からすっと清らかなものが入ってくる、

心臓が正しい速度で動いていく。

 

目を瞑ると見える、瞼の血流や光の残像が蠢く。

まだ言葉になって具現されていない抽象的な思考や感情が深層を泳いでいく。

 

 

 

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ちょっと待てよ。

 

もしかすると、

先に設計図を広げてしまえばいいかもしれない。

 

そうだ。

先に書いてしまえばいいんだ。

 

文字の中、夢の中だけでもいい。

 

本当に僕が理想とする”彼”は、

僕の“理想”に値するのか。

 

まずは“そこ”から試してみればいいかもしれない。

 

その確信を持つことが出来たなら、

この設計図を元に、僕は彼のような人生を歩んでいけばいいのだ。

 

 

僕は架空の“彼”に理想を投影することによって道標を定め、

人生を歩んでいくことを決めた。

 

 

井戸は淀みなく溢れ、静かに佇んでいた。

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