トマト(旬を意識すること)
近所のトンカツ屋が閉店になってしまった。
店のシャッターには、「閉店します」という貼り紙が一つ。
別段、通い詰めていたお店ではなく、
結局一度しか訪れることはなかったのだが、
その「知らせ」はとても僕の胸を締め付けた。
最初にトンカツ屋に訪れたのは、
少し遡って、2014年の暮れだった。
外観や看板の雰囲気から、だいたいの味は想像つく。
「ここはきっと、美味しい料理店だろう。」
いつものように直感を信じて、入ってみたのだ。
店内は昭和の雰囲気そのままで、
家と店が一体になっている、いわゆる昔の造りだ。
ロースカツ定食を注文すると突然、
豚肉の大きな塊を持った店主が僕に話し出した。
「肉にも色々あってな、ここの部位は特に甘みが強いんだ。」
こういった出来事は良くあることで、
なぜか、僕は店の人によく話しかけられる。
「へえ!そうなのですね。それは美味しそうだ。」
と相槌を打つ。
店主は更に饒舌になり、
肉の切り方、カツの揚げ方、米の炊き方などなど、
(「果たして客に、そこまで話してもいいものなのか?」と感じるほど)
店のこだわりを話し始めた。
その中で特に印象に残った言葉は、
トマトについてのこだわりだった。
「俺はな、トマトは春夏にしか食べねえんだ。だから店でも春夏にしかトマトは出さない。」
「旬ってものは大切にしないといけねえ。俺は温室で育てられた冬のトマトなんて食べねえんだ。そういうところから、人はダメになる。」
あの頃、畑に関心を抱いていた僕は、
店主に深く同意したことを、鮮明に憶えている。
...............
トンカツ屋とペヤング
店主の親父の饒舌な話を聞きながら、
ロースカツ定食に舌鼓を打つ。
やはり最高に美味しく、
ご飯は美味しく炊かれ、
最高の揚げ具合で肉の甘みが引き立ったカツを口に運ぶ。
僕が町のトンカツ屋に行って、
いつも点検するのは「キャベツの匂い」だ。
いわゆる一般的なチェーン店のトンカツ屋のキャベツは臭い。
消毒液のような臭いを感じることが多い。
もちろん、この店のキャベツは消毒液の匂いはしない。
気分が下がることもなく、食を進めていった
が、、その時。
カウンターの壁に貼られたメニュー表に何かが蠢いた。
(文字だけでも苦手な方がいらっしゃると思うので、ここから先は自己責任で。文章中に"あの虫"が出ます。)
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そう。
それは飲食店の大敵、ゴキブリである。
まだあれは茶色く、子供のサイズだったと思うのだが、
続いて2,3匹が壁面を歩いている姿を確認した。
(一匹を見つけると何故か続けて発見してしまう不思議・・。)
僕も、ゴキブリは得意じゃない。
(最早得意な人なんて、日本には中々いないだろうけど。)
でもあの時なぜか、
僕はゴキブリの出現を驚かなかったのだ。
ちょうどその時期、
テレビニュースでは「ペヤングのゴキブリ混入事故」が連日報道されていた。
僕はこの報道規模の大きさに違和感を憶えていた。
トンカツ屋のゴキブリ、
ペヤングのゴキブリ。
この二つが示唆したもの。
振り返ってみると、僕はこう思う。
もちろん、食べ物に虫は混入して欲しくない。
消毒・異物混入の危険性がないよう徹底された工場で、
商品に虫が混入することは世間を騒がせるほどの一大事だ。
それでも、
食べ物の周りに虫が寄ってくるのは、本来当たり前のことだ。
何だって世間があんなに大騒ぎをする必要は無かったと思う。
僕があの時トンカツ屋で(それほど)驚かなかったのは、
"店"と"虫"のコントラストが低かったのが原因なのではないかと思う。
つまり隙間の多いボロ家に虫がいるなんて当たり前で、
ある種、あのゴキブリは風景のように当たり前に存在していたのだ。
きっとペヤングの味とあのトンカツの味は、
対極の所に居る。
もちろん飲食店としては、
「味も美味しくて、店も綺麗である。」ことが最も重要だ。
でもあの出来事はきっと、
その対極の狭間の"何か"を僕に考えさせてくれたのだ。
ゴキブリが当たり前に出てくる家には住みたくないし、
だからと言って、ペヤングのような食べ物を食べ続ける生活も嫌だ。
世界において物事は極端に進んでいくが、
その中でどう生きるかを常に考えていかなければならない。